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悪の気持ち

父は、入院してから、時々意識障害が出て
私が、病院に泊まった日も 夜中に鉢巻しめて 長靴を探したり
バイクのキーを貸せと言って部屋から出ようとしたりして止めるのに大変でした。
もう沖には行かなくてもいいんだよと言っても

言うことを聞かずに 私に いいから
言うことを聞け 何も言うことをきかないだから
と怒り出してきて 眠いし 疲れるしで ほんとすごく心が疲れました。
すごく父に対して怒りもこみ上げた瞬間があった時もありました。
その後で 病気の父にそんな気持ちを持つのが申し訳なくもあり
後悔で、なんとも言えない気持ちになるのでした。

それからも、時々仕事に行くという感情がくると
顔つきも険しくなってきて普段の穏やかな父の面影もない感じで
私は、そういう状態の父は、意識がおかしくて感情もないのだろうと思ってたのですが
父が 母に、自分は怒りたくないのに 怒ってしまう 頭に悪の感情が出てきて
自分でも抑えられないんだ
胸を指して 怒ってしまうとここに堪えるので本当は、怒りたくないんだ と言ったのを聞いて、自分でもわかってて
抑えられないんだと思うと それからは 父が怒っても 許せるようになりました。

母は胸を指さして言った父の言葉は怒ると 心臓にも、こたえるのでと言ったと 思ったようでしたが
私は、心に、こたえると言ったのだと思います。



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父の言葉

父は、兄弟が多い年の離れた末っ子のせいか
子供みたいな人です。
肝心なことは、母がすると言う感じで、母いわく子供の面倒もみなかった
とよく言ってました。昔は多かれ少なかれそんな感じが多かったのでしょうね

だから若いころは、あんまり父と話した記憶もありません
漁師なので夜はいないし、会う時間もすくなかったせいかもしれません

いくつになっても嫁に行かない娘をどんなふうに思ってたのか
わかりませんが 

病気になって、母に自分は77歳まで生きれて 、結構長生きできたので
思い残すことはない、でも ○○○(私)のためにあと3年生きたいと言ってたと
言うのを聞いて、父は、不器用な人間だったんだな
と思いました、自分も似てる部分があるので、すごく父の気持ちがわかるのです。

私は、どちらかと言うと母と、いろいろな確執があったりして それを母に言えない
言ってもわかってもらえない感じで 育ったせいか
人間関係がすごく苦手で 自分を見せられないでの深く付き合うのが苦手でした。
そこには 母子の関係でしかなく

今回改めて父の存在が大きく 私のことを もしかして
すごく大事に思ってくれてたのかと思いました。
今まで親孝行もできなかったので
もう少し長生きしてほしいと強く思います。

胃潰瘍

ts-1を飲み始めて、2週間したころ母から下血したので
すぐに病院に来いとの電話があり慌てて弟と行きました。

胃潰瘍だったらしくて、胃カメラを飲んでクリップで止めてもらって
胃潰瘍はおさまったのですが、そこからみるみる弱ってしまって
歩けなくなってしまいました。

抗がん剤が合わなかったのか
普段から私と違って、腹八分目であまり食べるほうではなかったので
入院してからは、おかずがおいしくないとごはんしか食べてなかったので
余計に薬で胃が悪くなったのかもしれません。

抗がん剤をしないほうが元気だったのかもと思う気持ちもありますが
しなかったら悔いが残ると思うのでしてよかったと思います。

今は、治療はしていませんが 意識が混濁してるなか
時々正気になって がんに負けないでがんばろうと
思ってたのに 悔しいと母に言ったと聞いて 
抗がん剤を試してよかったと思います。

抗がん剤治療

抗がん剤治療には、ジェムサール(点滴)かTS-1(飲み薬)の2種類あり
どちらかの服用または両方の3種類の方法があるとのことでした。
両方だと副作用も強いということでした。ジェムサールとTS-1は同じくらいの効果が期待できるが
ジェムサールは血糖値のコントロールが難しいとのことで TS-1に決めました。


父の病気

父の病気は、すい臓がんからの肝臓転移でした。
画像を見せてもらいましたが 肝臓にも 数か所転移してて
もう手術は無理だということでした。
不思議と先生の話を聞いても実感がわいてきませんでした。
父ががんだなんて。。。父は腹八分しか食べないし
今までお医者にかかったこともなかったのに。。。。

何も治療をしないか それとも抗がん剤をするか
家族で考えた結果 まだ元気だから抗がん剤治療をしようと
決めました。せめてあと1年生きてくれたら そう思い5月2日から抗がん剤を開始しました。
始める前に本人に告知しないといけないとのことでした
ちょうど私が病院に泊まった日に先生のお話がありました。
夜に先生の部屋に呼ばれて、そこで画像を見せて説明してくれました。
思ったより落ち着いて聞いてた父が印象的でした。
最後に承諾書にサインをしました。
病室に戻ってから 父が先生の声が小さいのであまりわからなかったよ
と言ってました。一緒に聞いたのが私だったから 父は、強がってそんなことを
言ったのだと思います。

プロフィール

racyan

Author:racyan
6月に父が亡くなり、らぶが居たから立ち直れたのに
最愛のらぶが8月9日に虹の橋を渡ってしまいました。
もうどうしようもないくらい寂しすぎて、どうしたらいいのかわかりません。らぶとの思い出を、ずっと残したくて、書いていきたいと思います。

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